がうす通信第108号(2011/4/18)


緊急講演 東北地方太平洋沖地震・福島原発爆発!

3.27シンポジウム・リニア中央新幹線は必要か?)

講師:荻野晃也氏(電磁波環境研究所所長・元京都大学工学部講師)

 

 荻野です。今日はリニアのシンポジウムで「電磁波のこと」を話すはずでしたが、急遽、「原発事故の話をしてくれ」と言われまして、慌てて資料を作りました。レジュメを作りましたので、だいたいこれを読んでいただいたら分かるのですけれど、45分ありますからこのレジュメに基づいてお話をしたいと思います。黙祷をやってますと思い出す人が沢山いるんですね。反原発でしたら武谷三男さんからはじまって、久米三四郎さん、高木仁三郎さん。そういう人たちが次々に思い浮かぶんですけどもみんな亡くなっちゃって。星野芳郎さんも亡くなられましたね。私は伊方原発訴訟で星野芳郎さんと久米三四郎さんと私の3人が伊方原発の特別補佐人をやりました。伊方原発訴訟では、地震の問題が中心的な論点だったのです。そしていろんな科学者に証人になって頂くことを頼み歩いたんですけど拒否されるのです。私は特別補佐人でしたし、科学技術の担当はこの私がだいたい中心になってやっていましたので、頼み歩いてもダメなので私が地震の証人をすることになったのです。それが1977年です。レジュメに1978年と書いてあるのは間違いです。

 1977年に証人になるのですが、何か本でも書いていないとあかんと言うので、そこに書いてあります『原子力発電の諸問題』というのを76年から作り始めました。その第3巻に地震のことを書きました。「原子炉の耐震設計と立地条件」。その中の最後の章の「5−6」に「地震と津波」というものを書いています。77年2月に出版したのですが、その「地震と津波」の文章もレジュメの中に入れておきました。これを読んでもらったら、日本がいかに津波というものを無視しているか。本当に驚くべき事だったんで、それを読んでいただければわかると思います。

 先ほど黙祷をしていて思い出したことをお話しします。私はチェルノブイリ原発周辺に測定などをしに行きました。事故後約9年目でした。その時にチェルノブイリの宿泊施設に泊まりまして、夜、バーみたいなのが開いているというので、懐中電灯を片手にそこへ行きましたら、そこに一人の老人が家の手すりの桟を一生懸命に磨いているんです。雑巾で延々と磨いている。その人のことを思い出しました。これは『週刊金曜日』という週刊誌に書きました。その老人のことを紹介して書いたのですけど、その老人は気がおかしくなっているとは書けなかったですね。読んでもらえれば分かるのですが、もうその手すりがツルツルなんですよ。それを朝から晩まで雑巾をバケツで洗っているようなのです。放射能を洗い流しているわけです。私はその老人が気がおかしくなっているとは書けなかった。それを読んでもらえれば、そうだということが分かるだろうと思って書いたのですけど、専門家の人には分かるんですが、一般の人は分からなかったんです。「いやー、今でもそんなに一生懸命掃除している人がいるのですね」と言われちゃって、私は自分の文才のないのに愕然としちゃったんですけど、それを思い出しました。ひょっとしたらそういう人がこれから日本でも増えるかもしれない・・と、本当に私は実感を持っています。

ここは名古屋ですから、浜岡原発の地震の問題も関心事だと思います。1978年でしたかね、私は地震の問題で、その頃、浜岡町の反対運動をしている人に呼ばれて「地震と原発」の講演をしたことがあります。そのことを知らせるのに、主催者の方々が浜岡町の全域に新聞にビラを入れました。確か私の記憶では3000枚入れたはずです。そしてそのビラを読んで会場に何人くらい来るだろうと関心を持っていたんですね。ところが、ビラを読んで来た人は確か一人でした。会場にはもちろん企画した人たちや仲間は来ていますけど、そのビラを読んで来た人は一人だったんです。みんなが愕然として悲しい顔をしていましたが、私は「一人でも来てくれたから良かったではないか」とみんなを慰めたのを覚えています。レジュメにも書きましたが、地震の問題、世界中の地震の15%は日本近海で起きている。そういう国には「原発の適地はない」というのが私の考えでした。

 京大原子核工学教室に就職していましたから、周りはもう原発推進で沸き上がっているような学生や教官ばかりですから、そういう中で、どう考えたってダメだ。地震がある限りは止めた方がいいという確信があって、特別補佐人をやり、地震の証人までやりました。ですから今度の福島原発の地震の問題は本当に複雑な気持ちになります。本当はしゃべりたくないのです。

原発の問題では、率直に言って、負けに負けてきました。日本には原発が50基も建ち並んでいる。負けに負けた。だけど、今回の事故で完全に負けたと私は思っています。本当に悲しい。私は自己責任で謝らなくちゃならないと思うくらいです。でも科学者はそういうのを抜きにでもしゃべる責任があると思って、今回の講演を引き受けてレジュメを作りました。

原発が出来始めた頃、日本には活断層説がありませんでした。日本の学者、地震学会、いろんな所、もちろん国もそうです。活断層説はありませんでした。私は色々と調べました。その頃アメリカの論文を読みました。英語を必死になって読みました。その結果、どう考えたって活断層説の方が正しい。中央構造線という世界最大の活断層が目前にあるんですから、そんなところに原発を建てるなんて絶対にダメだということで裁判に協力したのですけど、3月11日に地震が起きてから今日が初めての講演ということになります。予定ではリニアの講演という事でしたが、予想外の講演ということになってしまいました。要するに活断層説じゃない。そうすると原発を作る時に耐震設計をやるにはどうしたらいいか。そうしますとね、日本は1300年の地震の記録がある。世界に冠たる記録がある。地震は同じ場所で同じ規模で起きると考えればそれでいいだろうと考えたわけですね。そうしますと福島原発の周辺での記録は1300年もありません。伊方だって500年ほどしかないんですよ。ところがご存じのように活断層は180万年前からの地殻変動を活断層というんです。そんなに古くなくたって、たとえ数万年前でも記録なんてあり得ないですよね。ところが1300年で十分だと。そうしますと原発は過去の地震記録のない、いわゆる空白地域、地震のない空白地域に建ち並ぶことになったんですね。その典型が福島原発なんですよ。福島、若狭、みんなそうです。並んでいるところを見てごらんなさい。ところが、活断層説は過去に地震が起きていない空白地域が危ないということになってきたんですね。そうしますと原発と活断層の地震の来そうなところが並立しちゃったわけです。もちろんこの事を私は裁判で証言しました。重要な問題として言いました。ですけども最高裁も含めて拒否されちゃったんですね。その時は四国電力の申請書では地震力は最大でも180ガルでした。揺れの加速度ですね。180ガル。なんぼなんでも目の前に世界最大の活断層である中央構造線があるというのに180ガルとは何ごとか!それでも、それを原子炉安全専門審査会、東大の教授とかがいっぱい入っている安全専門審査会は、200ガル以下だから伊方は安全だ。200ガルで設計してよろしいと判断したわけです。最高裁もそれを認めた。ところがこのレジュメにも入れてありますが、2009年、伊方原発は2度目の地震の評価をし直しまして、570ガルに変えたのです。180ガルだったのが570ガルになった。それで愛媛新聞が取材に来た時の記事がこの資料の中に入っているんです。ですから今度の地震が570ガルを超えたのかどうかは私は知りませんけど、福島原発っていうのは東京電力の最初の原発ですし、関西では若狭に美浜原発がありますし、そういう原発はいづれも地震の評価を低くすることで建設されたといって良いでしょう。海岸立地とはそういうことです。海岸で立地すれば活断層であろうと何であろうと半分は調べなくて済む。ですから今度の福島原発の1号機の時は、地震にしろ津波にしろ出来る限り空白地域で、地震の起きていない所で考えると。そうすると過去の地震が同じ規模で再び来ることを考えれば、地震の震源というのは点になります。ところが活断層になれば線になりますよね。面になります。それによれば評価はぜんぜん違う。だから、活断層説には東大の教授連中や地震研が必死になって抵抗したのだと思います。レジュメを読んでもらったら分かりますが、地震が女川原発。柏崎原発と少しずつ近づいてきた。それで私は2007年の柏崎原発事故のあとに京都新聞に書いたのです。こんなもん当たって欲しくないですよ。ですけども残念ながら当たっちゃった。当たったっていうのは不幸ですよね。それで今、テレビをずっと見てて、私は大変苦痛を感じているんです。

1974年、この時から活断層説がチョロチョロと出始めて、日本でも無視できない状態になってきたのです。この頃でも活構造とは言いましたが、活断層とは言っていません。活構造のある場所。ですからそれに関しては私のレジュメの何ページ目かに書いてありますね。6ページですね。日本地図が二つあって、左側が地震予知連絡会が1974年に作った特定観測地域と観測強化地域です。そして右側が1978年の特定観測地域と観測強化地域です。1974年には福島原発は入っていませんけども1978年には入っています。これが見ていただくと微妙に違うんですね。原発の立地点とものすごく一致している。それを彼ら地震予知連絡会だって分かっているんですよ。ですから、福島も追加しなきゃいけない。それで入れたんだけど、他の場所は微妙に原発をちょっと外す。こういう所に、地震予知連絡会、政府、国、機関も「アー、なんで原発と今後に地震の起きる可能性の高い場所とがこんなに一致するのか」ということが分かりはじめた証拠ですね。ですから、これを見てもらったら分かります。要するに今回の地震の被害はこれからどうなるのかということはまた後でお話しますけども、本当に悲しい思いで一杯です。以前に書いた新聞記事ですから、帰ってから読んで下さい。地震の問題点はだいたいそこに書いてあります。ですから私は福島原発があんなところで津波対策してましたと言ってますけど、あんな現在の状態を見ていたら、あのあたりの人たち、東北の人たちは津波の恐ろしさを知らせられていないんですね。絶対に。第1波の津波が来た後でも、第2波、第3派の方が大きくなる場合がありますし、何度も繰り返してやってくるなんていうのは常識です。だいたい1933年の三陸沖地震の時は30メートルの津波が観測されたと私の資料にも書いてあります。ですから狭い入り江状の湾の中にありますとワァーっと上がってきますからね。そういうことも知らされていない。私はね、やっぱり悲しい。

和歌山県の湯浅へ行ってみて下さい。麦わらの話がありますよね。麦わらに火をつけて、津波が来るからというので高台にある麦わらに火をつけて村人が火を消しに来るということで、津波から助かるという話があります。また湯浅の南の町には、江戸末期の津波で被害が凄かったことから、中村なんとかさんが巨大な堤防を作りました。それが1944年の南海地震の時はその堤防のわずか下まで津波が来た。また、湯浅のお寺には津波の恐ろしさを知らせる江戸時代の石碑が建っております。見てこられたら分かります。それが今度は三陸沖地震、チリ津波、そういうものを何度も経験しておきながら、津波の恐ろしさをみんな知らなかった。教育されていなかった。それを教育しなかったのは、私は原発があるからだと思います。あんな平地とほとんど変わらないところに原発があり、みんなそんなもの平気だと思うようになったのではないか。それから地震の怖さ、活断層の怖さについても、原発立地の問題もありますから、学会では学者連中は言わなかった。活断層の怖さが知られるようになったのは兵庫南部地震ですよ。それまで活断層のことはほとんどの人が知らなかった。知らされなかったのは原発があったからなんです。原発が一番活断層を拒否している。活断層を知らさなかったのは原発で、それをマスコミが支援した。さらに原発でその問題を一番指摘してやってきた伊方原発訴訟を最高裁は切り捨てた。私はだから最高裁にはものすごく責任があると断言できます。最高裁が地震の問題をもうちょっとキッチリと問題にしてくれれば今のような事態は避けられたかもしれない。まだ2万人ぐらいの人が行方不明ですよ。放射能があるから救援にも行けない。そう考えると地震・津波・放射能というのは三重苦だと思いますよ。原因は活断層ですね。私はそう言う意味では、福島原発は被害者だとは言いいません。加害者だと思います。それでどれだけの人が福島原発によって犠牲になっているか、本当に私は愕然としています。他にも問題は色々あります。たとえば浜岡原発なんかでも、近くの人には、電力会社の人が「地震があったら原発へ逃げて来いよ」と言ってましたよ。住民からも何度も聞いています。聞いてごらんなさいよ。何ですか今の原発の状況は。もちろん、今、必死になって冷却している人たちには敬意を払います。それは必死になってやってもらいたいと思いますよ。まだ予断を許さないのですからね。ですから私自身は事故の経過に関してはあまり話をしたくないんです。私自身は何もしていないのですからね。色々と心配なことが沢山ありますが。

私は昨日、東京の国会図書館へ行きました。国会図書館に行って福島原発のたとえば津波の防護施設の具体的な図面がないか、申請書がないかと思って国会図書館へ行ったわけです。所が、そのようなものは国会図書館には一切ありません。原子炉安全専門審査会・報告書、つまり安全を審査したら具体的な書面を作りますよね。それもありません。何もないんですよ。何もないということは国会議員は何も知らないということと一緒ですよ。安全専門審査会・報告書は1977年の柏崎原発のものが一つだけありました。窓口でいろいろと聞きましたが、電力会社の安全申請書というのは電力会社が寄付しない限りは国会図書館には入りませんということでした。国の安全専門審査会・報告書というのは1960年代の終わりぐらいからあるんですけど、原発は安全だと評価した報告書なのですが、それは国会図書館に送らない限りはないわけです。ということは官僚も電力会社も国民に知らせる義務はないと思っているわけですね。知らせる必要はないと思っているわけですよ。私は国会図書館へ行けばあるだろうと思って行ったのですが無かった。その前の3月16日に、私は東京へ行って原子力基盤研究機構という国の機関へも行きました。原子力関係組織を全部ひとつにまとめた機構で、そこの公開ルームの図書室ならあるだろうと聞いたからです。確かにありましたけれど、一番古いので1978年のかな。1960年代の最初の頃のものが全くない。そこにあるのは「公開する」ということが決まってからのものしかないのかもしれませんけど、いずれにしろ古い安全専門審査会の報告書がまったくないのです。要するに国民に知らせない。国民は黙って信頼してくれればよい・・というわけです。ということが今も続いているんですよ。テレビをみてごらんなさい。テレビに出てくる専門家という人たちが少しづつ変わっていくのがよくみてたら分かるでしょう。最初は「心配ない心配ない」でしたが、今は「直ちには心配いりません」と言っていますよね。「直ちには心配ない」ということは「数年後には心配になるかもしれない」ということですが、その時は「そんなものわからんよ」と逃げるでしょう。そういう構造なのですよ。本当に嫌になってくるのですけども、それが現状です。女川原発の近くでも以前に地震があった。そうすると女川原発も想定地震を超えたデータだったといって補強します。そして柏崎原発でも今まで想定していた地震力を大幅に超えたというので、追加補強をする。

地震力には計算上は補強できます。計算上ですよ。 本当に補強できているかどうかはわかりません。たとえば配管に亀裂が残っているのを見逃している可能性も高いし、そんなことを正確には分かりませんから。ただ計算上は、配管の所にノードを打たせるために、支持棒というものを置けば振動を抑えられる。そういう補強はできます。ところが出来ないのが津波なのです。ヒョットして高い津波が来ると考えたら、津波のために原子力発電所を補強できますか。出来ないです。原子力発電所の高さを上げたり、放水口とか取水口の高さもかえたりしなければならない。福島原発の津波高は5.7メートルなのだそうです。それも新聞で初めて知ったのです。僕はアッチこっちへ行ったのもそれがどうなっていたかを知りたかったからです。第1号で5.7メートルと設定したのですから、第2号、第3号もそれ以上高く出来ませんよ。なんで高くしたのかと言われたら、「津波の恐れがあるから」といえますか。じゃぁ、第1号はどうするねん・・と言われますからね。高くはできないのですよ。津波が高くなることを考えたら、放水口も取水口もなかなか難しい。それと高く出来ない理由がもう1つあります。原発というのは熱効率が悪いのです。だいたい電気になるのは3分の1、残り3分の2は海の水を温めています。海の水で冷やして排水しています。つまり、海の水をドンドン取り入れて原発の熱を冷やしているわけですよ。まぁ、タービンでも熱は取れていますけども、それが3分の1。そうすると高かったら海の水を必死になって持ち上げなきゃならない。だから出来るだけ低い方がいいんですよ。その分、余分な電力を使わなくて済みますから。ですから低くした理由の一つはそのこともあります。それから三陸沖地震でも津波が来たはずです。東京電力は1933年の三陸沖地震では「この地域は津波の被害の記録がない」ということを理由にして、だからたいしたことはないとして5.7メートルにしたようです。伊方原発は4メートルですよ。瀬戸内海の内陸にある原発で4メートル。三陸沖地震で30メートルの高さの津波を経験した記録があるのに。それはもちろん宮城県ですけどね。それが福島原発では5.7メートル。そんなもの津波を真剣に考えてないに等しいですよ。それで1号ばかりでなく、それ以外の原発もより高く出来ない。津波高は基本的には変更できないのです。地震振動に対する耐震強化は変更できますが・・。

1995年、懸樋君たちとアメリカで電磁波の危険性を一番主張していたポール・ブローダーさんを呼んで、日本のアチコチで講演をしてもらいました。神戸で地震が起きた年の秋です。地震が起きたのは1995年の1月でしたけど。その年の秋に呼んで神戸であちこちで電磁波の危険性の講演をしてもらったブローダーさんという人はアメリカで電磁波問題を取り上げた人で、またアスベスト問題を科学ジャーナリストとして展開して、アスベストを禁止に追い込んだといって良い人です。功績の高かったジャーナリストです。その人を神戸に呼んだ時に、神戸の地震の後でしたから神戸だけはアスベストの話をしてもらったのですが、まったく話題にならなかった。何故か。地震の後、アスベストがまき散らされた。それによる被害が大変だったからです。だから今度はまだアスベストの問題は出ておりませんけども大変気にしています。兵庫南部地震の時には、私は電磁波問題をやっていましたから、原発から足を洗っていました。足を洗ったというか、原発はですね、私の友人に小出君とか今中君とかいますし、反原発にはまだ科学者がいる。電磁波は誰もいないということで私は電磁波をはじめたわけです。だけど、兵庫南部地震の後、朝日新聞が福井市で「地震と原発のシンポジウム」を開きました。それに私に出てきてくれと言われました。私は「もういいよ、他の人に頼んでくれ」と言ったのですが、科学部長が執拗に私しかいないというので、私はまぁ渋々、そのシンポで地震の問題を話しました。私はその時に一番言ったのは、巨大な地震で大変心配なのは長周期の地震度があること。短周期じゃなくて。その場合にはスロッシングというのが起きるわけですね。スロッシング現象といってユーラユーラと揺れることがある。そのスロッシング現象が中越沖地震では柏崎原発で起きて、柏崎の燃料プールの水が大幅に流れちゃったのです。たらいをゆっくりゆすると水がワーと出て行くのと一緒です。それが今度の地震でも起きたのではないでしょうか。燃料プールの水がそれで大量に無くなって、さらに冷却系が動かなくなったのではないでしょうか?燃料プールにある燃料は大変な発熱をしていますから、水―ジルカロイ反応を起こして水素が発生し、水素爆発まで起こしているわけですね。稼働中でない原発でそういうことが起きている。今度の事故はそういう意味でも大変問題です。

レジュメの三つ目に「福島原発と地震」というところがあります。今度の地震は9.0。そこにちょっと書いてありますけど、「マグニチュードの変化:M=8.0〜M=9.0」と書いてあります。出来る限り、巨大地震にしようとしている様に思います。巨大地震には間違いありませんけど、マグニチュードという単位には気象庁マグニチュードMとモーメントマグニチュードMwと津波マグニチュードMtの三つがあります。今までの地震は全部Mでした。三陸沖地震はマグニチュードは8.1?と言われています。関東大震災は7.9。これらはみんな気象庁マグニチュードMです。気象庁マグニチュードというのは日本が使っているマグニチュードです。ところが今度のマグニチュードはモーメントマグニチュードMwです。正確にはMwです。ところがMwというのが使われていない。Mになってしまっています。新聞も。それで気象庁マグニチュードで考えると、私は換算の仕方知りませんけど、地震学者のある人は気象庁マグニチュードMだったら、「M=8.4だ」と東京ではだれか言ったそうです。それはわかりません。それで私はマグニチュード8.4〜9.0ですと書いたわけです。津波マグニチュードMtで考えると今度の津波は大きくてMt=9.1だそうですね。ですから、気象庁マグニチュードとモーメントマグニチュードは違うのです。それも一緒にごっちゃにして、とにかく巨大な地震だという宣伝だけをドンドンする。これは一つの問題ですね。これをマスコミは知りながら全く無視してますけど、それも問題です。

とにかく活断層の長さと同じように、過小評価をしていることに確率論的安全評価の問題もあります。アメリカでされたそういう安全評価では停電がとても怖いという結果ですね。これは私の友人の小林圭二さんが、先ほど言いました本に発表しています。日本で地震が起きたとしたらどれだけの炉心溶融確率になるかを計算したのです。大体、アメリカの1000倍ですね。地震国・日本は。ですから特にBWRは地震に弱い。それから停電にはもの凄く弱い。それは確率論的な研究にも出てきております。しかし、日本ではそのような研究はしようとしません。地震が怖いからです。地震が起きますと、1つのバルブとか配管が一つだけ切れるとは限らない。1本が切れるなら他にも壊れるはず。そうでしょう。ところがそういうことは一切考えられていないです。だからディーゼルエンジンは3台あっても必ず1台は生き残るというという大前提なのです。ですから彼らはそれが「想定不適当事故」と言っています。「想定不適当」というのは、彼らが「想定しなかった」というだけの事なんです。こういう安全審査では「重大事故」と「仮想事故」とを考えます。 

「重大事故」というのは「技術的に考え得る事故」。「仮想事故」とは「技術的に考えられないけども、人間は何でも想像できる動物だから、その範囲内で考える最大の事故」をいいます。ですから70年代、原発推進に躍起になっていたのが、読売新聞と朝日新聞ですけども。朝日新聞の当時の記者で大熊由紀子という記者が「仮想事故」のことを書きました。どんな事故だと考えたのか。「朝最初の新幹線が途中で脱線しました。脱線しましたけども、それに気がつかないでいて一日中走っている新幹線がすべてそこに折り重なって衝突する」様な事故だというわけです。そういうことは人間なら考えられるでしょう。そういう事故まで考えているのは原発であると書きました。覚えていますよ。大熊由紀子さん。もう本当にひどい。大熊由紀子さんはスリーマイル島事故の時に放出放射能を朝日新聞でねつ造していました。一桁なのか二桁なのか忘れましたが小さい値にした。私は新聞なんていい加減だと思っていますから、普通は無視しているのですが、あまりにもひどいので「訂正を要求」して手紙を送りました。後で朝日新聞の人に聞いた話ですから、本当かどうか知りませんが、大熊由紀子さんは「荻野なんて反原発派に答える必要はない」と、結局、訂正を拒否したそうです。

私は25日に東京に行ってまして、東京の朝日新聞・朝刊を読みました。朝日新聞には各地での放射能・強度の数字が地図中に書かれています。東京都新宿区、その近くでは千葉県の市原市です。その値を25日の朝刊で見てびっくりしました。東京の新宿が平常値になっているのです。東京と横浜だけが平常値。こんなこと言っちゃ悪いのですけども、私の孫が二人、千葉県船橋市にいます。毎日、測定データをずっと見ていました。やっぱり心配ですからね。東京新宿区と市原市の間が船橋市ですから、そこはその間の汚染だろうと見ていた。時間もちゃんと見ているんです。やっぱり心配ですからね。ところが25日の朝刊には、24日の午後2時の値が出ているのですが、東京は平常値。愕然としましたね。25日というのは24日の夜から野菜とかいろんなものに放射性セシウムが増えたとか、飲料水中にヨウ素が多いとか言っていたときに、東京と横浜の汚染がゼロなのです。0.054いくつかなんですよ。だから見てビックリしました。私がインターネットで見ていた値は0.13ぐらいのはずなのに、0.054なんて・・と愕然としました。原因が分からん。なんでこういう数字が出くるのか。後で調べて分かりました。その表を毎日2時間毎に放射能濃度が表として出てるのですけど、その最後の欄に事故前の過去の値として、0.029〜0.06のように書いてあるわけです。その値をたして2で割った値が0.054・・の値でした。私は愕然としましたが、次の日の朝刊には、「昨日の東京横浜の値は間違いでした。正しいのは0.13どれだけでした」との訂正が載っていました。1日といえどもどれだけの人が安心したことでしょうか?パニックを押さえるためにはやむを得んと思ったのかもしれませんが、だけど信頼できる事実をきちっと発表しすることをやっておれば、パニックにはならないんですよ。信頼できないからパニックになるのです。チェルノブイリでもそうです。ですから今は日本の発表データは、大変インチキなものが多い。

言いたいことが一杯あるのですけど、私は今回の事故を聞いて「TMI事故は越えた、あとはチェルノブイリにどこまで近づくかだ」と思いました。所が、IAEAの事故レベルで、最初は4と言っていました。私はバカなことを言ってもらったら困ると思いました。私は最初から6になるだろうと思っていた。今の私の推定は6.5ですね。7まではいかないかも知れない。チェルノブイリは即発臨界という制御棒が効かなくなって爆発した即発臨界事故です。今度の福島原発は一応、制御棒は入ったといっている。これも怪しいのですけどね。入ったようだと言っている。ですから炉心溶融はしてるんですけども、そういう事故ですから、チェルノブイリのようにはならない。ところがチェルノブイリの時には1平方メートルあたりのセシウム137の放射能レベルが55万ベクレル以上のところは、強制退去になっています。人が住んでいません。今、私は一番気にしているのは飯舘村です。30キロ圏外ですが、1平方メートルあたり380万ベクレルだそうです。チェルノブイリは確か300キロメートルの所でも退去しています。雨が降ったからです。雨が降った所らしい飯舘村は大変です。そこが今、約300万ベクレルだけれどもその中にセシウム137がどれだけなのかが重要です。それも知らされていませんよね。放射能は最初に出たときはまず希ガスだけ。それからヨウ素が出てきて、その後でセシウムが出てくるのが普通ですが、一体、放射能の中にどんな核種があるのか一切発表されないのです。希ガスだったらガスですから体内被曝にはなりません。ヨウ素となれば甲状腺に入る。私のレジメの11ページの上の右側に1万人シーベルトを浴びたときの表があります。1万人の人が1シーベルトを浴びると1万人シーベルトです。100万人の人が、一人あたり0.01シーベルト浴びれば1万人シーベルトです。要するに事故が起きた時に我々はまず集団線量で考えます。ところがテレビに出てくる専門家という人は皆、レントゲンの撮影とか何とかとか個人線量と比較する。そんなバカなことがありますか。重要なのは集団線量なんですよ。ですから甲状腺がんのことが心配なのは、子供の甲状腺が特に弱いからです。弱くても沢山の人が吸い込んだらそれなりに甲状腺ガンの人が増えるという問題なのです。ところが今なお、集団線量を言おうとしません。推定すらしない。ですからこの表を見てもらったらわかりますが、子供、小さい方が危ないわけです。割合でいえば体が小さければ放射能がたくさん体に溜まりやすいからです。私のように70歳超えた人間は感受性が低いのです。そういう意味じゃ、問題なのは子供なのです。子供をどう救うかということに、そこの国の国民の総意が出てくる。それが全くない。こんな国に何で生まれたのかと泣きたくなります。

それでレジュメの10ページの右下。これが2011年3月15日の東京の空気をフイルターで吸入して、それを京大原子炉実験所の小出祐章君が測定した値です。この測定値を、3月18日の前から予定されていたチェルノブイリの25周年のシンポジウムでこのデータを発表しました。原子炉実験所の所長は「しゃべるな」と圧力をかけたそうですが、小出君はそれを拒否してしゃべりました。

 テレビに出てくる人はいわゆる推進的な感覚の人ばかり。そりゃぁ私だってね、影響が無いことを期待しますよ。少しでも子供に放射能を吸わせたくない。私はわずかでも吸わせたくないですよ。私はJCO事故の時に京都からサンプルを採りに測定器を持って東海村まで飛んで行きました。東京からはだれも来ない。東京の反原発派の人たちは「荻野さんが京都から飛んで行った」とショックをうけたと言っていたそうです。私はサンプルを採って、小出君に送り測定してもらった。そうしたら法律を超えるヨウ素131がJCOでも流れてたのです。その後、シンポジムで東海村の村長と隣り合わせになって、「放射能がまだ漂っている時に子供を帰すとは何事か!」と言ったら、その村長は「こんなシンポジウムは厭だ、わしは帰る!」って言いだしましたけど。やはり想像力、放射能は目で見えませんから、そうすると想像力を働かせる。子供を守ろうとする想像力を基本にすべきですよ。私はほんのわずかでも子供には吸わせたくない。このレジュメを書くのも、大変苦痛です。本当に苦痛があるんですよ。

現実の被害と将来起きるかもしれない被害とをどう考えるか?放射能を放出することによって、原子炉の破局的破壊を避けるのか。場合によれば、原子炉がよりひどく破損するかもしれない。そうするともっと放射能が出てくる。この選択の問題が我々の中で議論されています。それから原発を推進して50基もつくった国民は、放射能で汚染されたものを涙ながらに食べるべきかどうか。大人は食べてもいいかもしれないけど、それを子供に食べさせるべきか。そういうことに直面しているのです。どれだけ食べ物が禁止されるかまだ分かりません。もうすでにチェルノブイリ事故の際に、輸入食品に限定した禁止・汚染値よりも高い値に設定しています。チェルノブイリの時に、日本の食べ物を拒否したのはシンガポールだけでした。私はチェルノブイリの時にイタリア産のスパゲティーを必死になって測定しました。スパゲティーだけでも国の推定した被曝量を超えたのです。国は必死になって被曝量を減らそう減らそうとしていますよ。ですけども我々は本当に知りたいのは「真実」なのです。それが大変重要です。だからもう時間がないのですね。

私は「東京電力は潰すべきだ」と思います。株主もノウノウとするとは何事か。国民がみんなで声を上げて潰すべきだと思います。それと原発はもう早く止めようじゃないか・・と思います。私はそう言う意味もあってか、レジメ書いてても後ろに行けば行くほど感情的になったので恥ずかしいのですけど。私にも責任があります。もっと反対をやっておけば良かった。電磁波の方に変わっちゃったからです。「荻野さん原発に戻って来て」と言われていますけど・・。

もう電気は足りているんです。紅白歌合戦で夏のような服装をした司会者を見ると私は泣けてくる。それが東京の人にはわかっていないんですよね。本当に困ったことだと思います。ちょっと時間が超過しすぎましたので、これで私の話を終わらせてもらいます。

 

2011年3月27日